2015年8月21日 (金)

平野町ぐるみ博芸・博物館 2015(開催済み)

平野町ぐるみ博芸・博物館 2015 が 2015年8月23日(に開催されます

1508190009

毎年1年に一度 この日だけ、大念佛寺にて、幽霊の掛け軸と、幽霊の片袖が一般公開されます。

午前10時~午後4時までですので、見逃すと、また来年を待たないといけませんよ・・・・

入場無料です

1508170094 1508170096

こちらが、毎年幽霊博物館会場になる 客殿 瑞祥閣

午後7時からは、たそがれコンサートが開催されます

全興寺でも、午後1時から バイゴマ選手権 午後3時から 街頭紙芝居が行われます

平野郷各地の個人博物館も、一斉に開館しています (開館時間はそれぞれです)

1508080013  

2015年8月11日 (火)

神社仏閣に参拝するにあたり17(命とは・なぜ生きる編)

お好み焼きを差し入れで頂きました ヽ(´`)/  今回の記事は、お好み焼きについて・・・

ではなくて、それを包んであった新聞紙に、人生相談が載っていて、その内容がどうも気になり、それを足がかりに、命とは・なぜ生きる ということを、皆さんと考えてみたいなと思いました。

ですので、今回の記事は、平野郷とは、全く関係の無いシリーズの記事です・・・

今回は、特に中盤以降、霊的なオハナシてんこ盛りですので、キライな方は、他のカテゴリーを見てくださいね。

では   その 気になった新聞記事です ((・()・))


人生相談


けんかをすると「死ね」という三男

回答者 高橋源一郎 (作家)


小学2年の三男です。けんかをすると 「死ね」 「死にたいわ」、気に入らないと 「出ていく」 と手がつけられません。

学校ではお友だちにそんな態度は取らず活発です。 生きる楽しさを伝えたいのですが、この言葉を聞くと、現実にならないよう祈るばかりです。   (40代・女性)



こんにちわ。 我が家にも、小4と小5の男の子がいるので、お察しします。 

さて、三男ちゃんは、学校ではふつうなので、家庭もしくはお母さんに不満があるのかもしれません。 

上にお兄ちゃんたちがいるので愛情の不足を感じているとか。

我が家では、そうならぬよう、猛烈に愛してあげることにしています。

「死ね」といわれたら 「いやだあ、××ちゃんと会えなくなるから、死にたくなあい!」、

「死にたい」といわれたら「××ちゃんが死んだら、お母さんも死んじゃう!」、

「出ていく」といったら「寂しくなっちゃうから、出ていかないでえ!」と叫んでみましょう。

でも、それだけではまだ不足。

隙あらば、抱きついて、チューしてあげて「好き、好き、大好き」といってあげましょう。

さらに、夜寝るとき(我が家では、いつもこうしていますが)、先に寝ている三男ちゃんのところに行き「さあ、大好きな××ちゃんはもう寝ているのかなあ」といって、しがみつき、「一緒に寝て、お願い!」といいながら、もちろんチューの嵐。

可能なら、反対側からお父さんにも参加してもらって「おれの方がもっと好きだ」といってもらいましょう。

三男ちゃんが「お願い、もうやめて!」というまでやってあげてください。

我が家では、これを「愛情の押し売り作戦」と呼んでおります。

布団で遊んでいる兄弟に、わたしと家内が近づくと、彼らは「おとなしく寝るから、チューしないで! ごめんなさい!」と降参して、効果抜群です。

毎日新聞 くらしナビ 2015年(平成27年)4月27日(月) より(原文のまま転記)


はい  この相談記事を読まれて、皆さんはどのようにお感じになられたでしょうか

まず 相談者のお母さんは、子供さんに、生きる楽しさを伝えることで、「死ぬ」「死にたいわ」「出ていく」などの自暴自棄な、言動や行動、相手を傷つける言葉を止めさせるのにはどうしたものか、と言われた上で、今後を不安に思われています。

それに対して、回答者のアドバイスでは、愛情が不足しているという推測から、「我が家?」の方法を薦めておられます・・・・

様々な判断や、各家庭の教育方針がお有りでしょうから、それはそれでいいのでしょうが・・・・

それでも  やっぱり  何か チガウぅうう~~~~・・・・・・ (≧≦)

愛情不足が原因の一つかもしれませんが、まずは、自分の思い通りにならなければ、「死ね」「死にたいわ」「出ていく」などという、言動や行動が、良いことなのか・どちらでもないことなのか・悪いことなのかを、保護者や指導する立場にある人が、客観的に判断する必要があります。

今回の男の子の環境や経緯がわからず、お母さんの相談内容から判断するしかないので、詳しくはわかりませんが、少なくとも、良いことではありません・・・ 

でも、それを指摘するだけでは、ケンカになるだけです・・・・

それがどういうことなのか  「本当の意味で理解していない」 からなんです

自分でも、わかっていることを、他人から指摘されると、反論・反発・言い訳・隠蔽・ごまかし・正当化したくなるのが人間の弱いところです・・・・

では  どうしてあげるのがよいのでしょうか??

何故それが良くないことなのかを、その子なりに理解させてあげないと、同じことの繰り返しとなります・・・・・・

自分の発した言葉や、行動で、傷つく人がいること、困る人がいること、気分を害する場合もあること  など

自分の言動・行動で、どういうことが起こったか、相手がどういう気持ちになったか・・・

それを ウヤムヤにしていると、相手を思いやる心が育ちませんし、責任感も、いつまでたっても身に付きません・・・・・・

今回の相談記事のように、「死ぬ」に対して「お母ちゃんも死ぬぅ」ではキリがないのです。

良くない(悪い)ことを、良くない(悪い)と言わずに肯定する・・   

これでは、子供は、勘違いしてしまいます。 (大人でもですが・・・)

お子さんのために良くないだけでなく、相談者のお母さんの心配が現実になりかねません。

それに  いつまでも子供と思っていても、小4・小5(10歳・11歳)にもなると、オッサンにチューなんかされるのが嫌で嫌でたまらないと思います・・・ 

だから 降参しておく  負たフリをする・・・・・  ψ(`´)ψケケケ

完全に 子供の方が、一枚上手です・・・・・・・・・・・ (;´д`) ばれた

ここからは、自分も、相手も大切にしないような言葉・行動をすることが、なぜダメなのか どうしたらよいかを霊的なオハナシも交えて、考えていきたいと思います。

1506260104


第1章 当たり前はあたりまえ?

日本という国は、戦後に目覚しい発展を遂げて、現在の姿が在ります。

蛇口をひねれば、日本全国どこでも、浄水が出て、スーパーやコンビニの棚には、商品が溢れ、生鮮食品は、期限を過ぎればすぐ廃棄・・・・・ 停電も何年かに一度くらい・・・・

失業率が上がり、就職難と言われていても、路上に餓死者が転がっていたり、地雷や、爆撃、狙撃に怯えずに外を歩けますし、猛獣や、伝染病の危険もほとんどありません。

でも  世界中では、毎日のように子供が、飢餓や、病気で死んでます。

満足に食べることも、教育を受けることもできない国や地域の人たちも多いのです。

Photo

私たちのほとんどは、戦後に生まれて、戦中・戦争直後の苦労を知りません。

生まれたときにはすでに、平和で、インフラが整備され、便利で安全な暮らしや生活・教育が当たり前になっていて、有り難さも、ほとんど感じていないんです。

でも  いざ地震などで、電気や水道、ガスが来なくなると、その時 分かるんです・・・・・・

そう  人は失ってから、ありがたさがわかるように、初期設定されて、生まれてきています

え゛っ!! Σ(゚д゚;)

やってもらって当たり前、当然、別にィ普通ぅ と思っているうちは、その人の手をどんどん離れ、いずれ失っていく・・・  そういうことが多くなると言うことです。

収入(仕事)  家屋や土地・財産  生活環境  健康  身体の機能  パートナーや子供(家族)  友人知人  その他 大事にしているもの・思っているもの・・・・・・・・・ 

心から有り難さに気付くまで・・・・・・・・

親が死んで、その有り難味がわかった・・・・  ガンになってやっと、健康の有り難味がわかった・・・・・

世間でよく聞くこんな話は、本当なんです。

では   どうしたらその流れを止められるんでしょう??

まずは   何事も 「あたりまえ」 と思わないことです。

正確には、何事も あたりまえじゃないことに気付く ということです。

お金を払ってるんだからとか、給料を出してるんだから、世話をしてやってるんだからと思っていると、その流れを止めることは出来ませんし、さらに 流れを逆回転させて、「運のいい生き方」の流れにすることはできません・・・・

皆さんは、裕福な人は、広い家に住んで、お金持ちで、いい車に乗って、いい会社のいい役職で、と想像されるかもしれませんが、それは、この世での一部分表面上のことにすぎません。

それが 「幸せ」 だと思われている人が、多いのも事実ですが・・・

本当に裕福な人は、思慮深く、自分だけでなく、相手を思いやる心を持ち、他者(自然・環境・生き物・目に見えないものなど)を愛する(許せる)です

財産や地位、学歴、名誉、職業などや、物質的なもの、国籍、性別、年齢、外見などは関係はありません・・・・・・・・

今回の相談のように、「死ね」「死にたいわ」ということを平気で言う人は、霊的には自らの命を捨てています。  言葉には、昔から言霊(ことだま)が宿るといわれていますが、本当なんです。

何らか(自分や周りの大切な人)の生命エネルギーを失う(奪う)方向に動きます。

本人は気付かない・知らないからでしょうが、残念なことです。

1507270038

第2章 命はだれのもの

こども病院という名の、病院があります。

ここでは、病気のために、通常学級に通えずに、院内学級で勉強しながら、病気に立ち向かっています。

ここで一つの詩をご紹介したいと思います

                    宮越由貴奈 (小学校四年)

命はとても大切だ

人間が生きるための電池みたいだ

でも電池はいつか切れる

命もいつかなくなる

電池はすぐにとりかえられるけれど

命はそう簡単にはとりかえられない

何年も何年も

月日がたってやっと

神様から与えられるものだ

命がないと人間は生きられない

でも

「命なんかいらない。」

と言って

命をむだにする人もいる

まだたくさんの命が使えるのに

そんな人を見ると悲しくなる

命は休むことなく働いているのに

だから

私は命が疲れたと言うまで

せいいっぱい生きよう

電池が切れるまで 子供病院からのメッセージ すずらんの会編 より

宮越由貴奈さんの母 陽子さん

五歳の時、神経芽細胞腫(しんけいがさいぼうしゅ)と診断され十一歳で亡くなりました。

信大病院での抗ガン剤治療や腎臓を片方取る手術に始まり、こども病院に移っての自家骨髄移植やその他にもいろいろなつらい治療を受けながら、入退院を繰り返していた頃、テレビで流れるニュースと言えば、いじめだとか自殺だとかが多く、同じ頃病院では、一緒入院していた友達が何人か亡くなりました。生きたくても生きられない友達がいるのに自殺なんて・・・・・・そんな感じでした。それにちょうど院内学級で電池の勉強をしたばかりだったそうです。

この詩を書いた四ヵ月後に亡くなりましたが、これを書いたとおり充分精一杯生きました。

書くことがそんなに得意ではなかった娘のこの「命」という詩は十一年という短いけれども凝縮された人生の中で得た勉強の成果なのではないかと思います。

子どもたちと共に  より

ここまで読まれて、どのようにお感じになられたでしょうか

病気に負けまいと懸命に頑張っている人の前で、「死にたいわ」と言えるでしょうか

今 あなたが生きていることも、当たり前ではありません

すでに とんでもなくありがたいことなんです

こんな風に書くと、自分より下を見て、「私はまだマシなんだと納得しましょう」と言っていると思われる方も、おられるかもしれませんが、そうではありません。

何もかも「アタリマエ」ではないということに気付くことが大事なんです。

1506080084

第3章 なぜ生きる

私たちの身体は、100年ほどで限界がきますが、「」と呼ぶ部分は、死ぬことがありません・・・・・

人間が死んだ後、その肉体から、魂が離れますが、その魂は、あの世に還り、学び、転生を心待ちにしながら、待ちに待ち、機会が来て、やっと受肉し、この世に誕生しています。

由貴奈さんの詩にあったように、「何年も何年も 月日がたってやっと 神様から与えられるものだ」というのは本当のことです。

そのあたりの説明は長くなるんですが、大事なことなんで、できるだけ簡単にお話したいと思います・・・・

人が亡くなった後、魂は肉体から離れます。  ですが、すぐにあの世という世界に行くわけではありません・・・・・

行くべき世界に旅立つ前に、今までの人生の全ての行い、人に与えてきた苦痛や、愛情をすべて見る(追体験する)ことになります。

自分の行い、言動で傷つけていたとしたら、その思いを、相手を殴ったなら、逆にその痛みを・・・  相手に情けや、愛情を与えたなら、その暖かさを、受け取ります。

ウソも、逃げることも、無視することも出来ません  肉体の無い世界での感覚ですから、鋭敏さはこの世とは比べられないほどのものです。

閻魔大王と十王(じゅうおう)の前で、浄玻璃の鏡(じょうはりのかがみ)に、生前の行いを写されて、天国行きか、地獄行きかの審判を仰ぐというのは、文字の読めない人が多かった時代、悪いことをすれば、地獄に落ちるという、戒めの為のお話ですが、生前の行いの全てを見て(感じて)、さらにそれを逆の立場で体験するというのは本当のことです。

ただ、閻魔大王というような、第三者(誰か)が裁くわけではありません。

あなたの魂 自らが行き先を決めます

どんな人間だろうと、その人の心の中心にある良心は必ず存在しています。

その人が、認知症になっていたとしても、寝たきりで意識が無くて亡くなっていたとしても、その人の人生全てが記録されています。(神様の視点では、人間の一生など、ごくごく一瞬にすぎません)

肉体が無くなれば、自我(じが:エゴ)が崩壊していきます。

魂そのものになれば、言い訳も、ウソもつくことはありません・・・・  

粛々と、公正に、自分を判断・裁いていきます。

そして  自分の行くべき世界を決めて、行くことになります。

たとえ決めなくても、砂鉄が磁石に吸い寄せられるように、同質のものたちがいる世界に引き寄せられていきます。

善い行い(生き方)をしてきた魂は、上の世界に上がっていけますが、善くない行い(生き方)をしてきた魂は、その垢の重さで、下の世界(階層)へと落ちてていきます・・・・・

悪いことをしていないとしても、「私なんて・・」 と自身(自神)さえ信じれなかった人も、上がっていきませんし、自分の中の神仏を信じず、宗教など、外のモノを信じていた(大切にしていた)人も、その宗教という霊界(閉ざされた世界)に引き寄せられます。

(そのあたりのおハナシは、気が向けば記事にするかもしれません (゚ー゚; )

生きることが辛く、苦しいと言われる方も、たくさんおられるかと思います。

自分は何のために生きているのか、何故生まれてきたのかと、運命を怨んだり、悲しんだりされているかもしれません・・・

でも  それは忘れているだけなのです

生まれる前にしてきた約束を・・・・・・

残してきた執着を・・・  次の人生でこそ、絶対!断ち切りますと言ったこと

今度こそは、絶対に間違った人生を歩みませんと宣言したこと

もう二度と、人を怨んだり、傷つけるようなことはしません  優しくなりますと誓ったこと

もう一度生まれることが出来たなら、人のために生きる人間になりますと言ったこと

過去の行いを反省して、今度は逆の人生を歩み、それをすべて受け入れますと言ったこと

前世で犯した罪を、すべて償いますと決意してきたことを

辛いこと、悲しいことさえも、もっと経験・体験することで さらに成長しますと誓ったこと

次の人生こそ、人を愛せる人間に、許せる人間になると誓ったこと

人の数だけ、無数に宣言・計画してきた事柄があります。

でも  この世に生まれ出た瞬間に忘れるようにプログラムされています。

(本性が出ないと、意味が無いからです)

今が辛いということは、過去の思いをクリアするために、あなた自身が用意した課題じゃありませんか

そう  皆それぞれ違った課題に取り組んでいるんです・・・・・(そう思っている人は少ないですが)

あなた一人だけが不幸なのではありません

泣いていても、怨んでいても、暴れても、騒いでも、逃げていても、改善などしません。

短い人生、先送りして終わり   また後悔・・・・  反省・・・・・・ その繰り返しです

そろそろこの辺で、あなたの課題を返済(クリア)していった方が、よくありませんか

あの世は、同質のものたちで固定された世界ですから、成長も変化も何もできません  この世という世界は、違うものたちが混合する、雑多な世界

この世という稀有(けう)な世界  ここでしか成長(昇華)できないんです・・・・・

だからこそ  魂となったものは、神様に計画書を提出して  何とか認可されて、自分のクリアすべき課題を履修する環境が現れるのを、ひたすら待ちに待つんです・・・・

そして

今度こそは、何としても、という思いで、この世に、再び生まれて来ているのです

1507290094

第4章 あの世とこの世

あの世だの、この世だの、話がえらいことになってきましたが、大丈夫でしょうか

話しを進めます

あの人は、あんな悪いことをしているのに、あんないい生活を・・・

それに比べて自分は・・・  何て不公平なんだ  と言われる方は、この世という片側しか見ていない(信じていない・知らない)からそう思うのです。

私たちが今、生きている昼の世界が「」の世界  あの世と呼ばれている夜の世界が「」の世界

そう  陰陽(いんよう)2極が対になって存在しているのです。

月と太陽 天と地 生と死 男と女 プラスとマイナス 昼と夜 偶数・奇数 などなど

(その中間的位置のものもありますが)

この世(陽)で、したことは、あの世(陰)で必ず 厳正・厳密に帳尻が合わされます。

それは、善悪どちらに対してでもです。

悪いことをして、見つからなかった、バレなかったことも

良いことをしても、だれにも知られなかった、認めてもらえなかったことも

逃げ得、やり逃げ、やり損はありません・・・・

悪事を行えば、あの世では、この世の何倍もの負債を背負うことになります。

生きているうちに、清算できれば、むしろ幸運です・・・

ただ、この世には時間というものがあるので、時間差が生じ、自分のやったことが(因果)、自分に返ってきていても(結果)、それが、わかりにくいだけのハナシです。

肉体には限界がありますが、魂は死ぬことはありません (例外はあります)

肉体に魂が受肉し、死んで魂が離れる・・・

そうです   魂は、あの世とこの世を、行き来してるんです。

今現在生きているあなたが、昼の世界での、現在の担当者といった感じでしょうか。

魂は同じでも、同じ身体、同じ国、同じ親、同じ環境 など、もう二度とありません。

また・・この世で肉体を持てる時間は、長くても100年ほどですが、あの世では、この世のような時間の経過という概念が在りません・・・・ 

ないものとの比較はできませんが、この世の時間を当てはめると、あの世にいる時間の方が、何十年・何百年・何千年と長いんです・・・・

それだけ簡単には、また生まれることが出来ないということです。

お釈迦様は、この世にある砂1つずつに名前が書いてあって、その中から自分の砂を見つけることが出来なければ、生まれることが出来ない・・  そのくらい大変でありがたいことなんだよと言われていたそうです。

この世に生まれたこと  今生きていること  もうすでに  とんでもなくありがたいことなんです。

1507200043

第5章 生まれるということ

計画書を提出して、「再度生まれること」を、認可された魂は、魂の待機所のようなところに集められます。  そこには、大きなスクリーンのようなものがあって、地上の様子を見ることが出来ます。 

ある時 ある魂に、神様(産土神:うぶすなかみ:その土地ごとの土着の神)が、スクリーンに映し出された女性を見ながら言われました。

「この女性に、近々赤ちゃんが生まれるが、この夫婦の環境だと、君の計画に合う人生を送れそうです  どうしますか」  と・・・・

魂は、「やったー!!!!」と言いたいところをガマンして、「ぜひお願いします」と言いました。

魂は、長い時間、待ちに待っていた順番(チャンス)が巡ってきたことに大喜びして、スクリーンを食い入るように見詰めます・・・・・

「この人が、お母さんになる人か・・・  やさしそうな人だ・・・」

「お父さんは、この人か・・・ 」

お母さんは、まだお腹に赤ちゃんが出来ていることに気付いていないようです。

「お母さん、転ばないでよ」 魂は、心配です。

魂が定着できる大きさに育つまで、魂は、色々なことを上空から見ています。

胎児は、魂が定着できる大きさまで無事育ちました。

神様は、にっこり微笑んで、「さあ 行ってきなさい」と、神様の火種(ひだね:神様の分霊)を心に宿してくださいました。

人は、生きている限り、どんな人でも、神様の分御霊(わけみたま:つまり神様)を心に預かっています。(人種や性別、宗教や、信心・無信心は関係ありません)

魂は、待機所から伸びた滑り台のようなラインを使って、お母さんとなる身体にするりと入っていきました。

世間では、子供は親を選べないと言いますが、そうではないようです・・・・ たとえ、あまりよろしくない親だとしても、それはそれで、納得ずくで生まれてくるんです。

滑り台と表現していた、ラインは、霊線(れいせん)と言って、家系ごとに、ご先祖様~神様と繋がっています。

ご先祖様(両親)が存在しない人は、一人もいません  妖怪人間のように、試験管やフラスコから発生した人は一人もいないからです

(死んだ後は、逆に、この霊線を使って、あの世に還ります。 その時は、ご先祖様が迎えに来てくれています)

今生きている あなたは  肉体という実体のある、家系の最先端であり 代表者でもあります。 (兄弟がいたとしても、生きていれば、それぞれが家系の代表者です)

1506080086

第6章 自分を守ってくれている存在

今度は、器(うつわ)である、肉体の方のお話をしておきましょう・・・

この夫婦に名前が無いと、説明しにくいので、この夫婦の姓を、仮名:山田さんとします。

それで、この夫婦が、あなたの両親だったとします。

この山田という姓、古くは屋号や、名前だけになるのですが、ご先祖様が誰一人欠けることが無かったから、あなたは、山田氏(うじ)という家系から、今の肉体を借りることが出来たんです。

あなたには両親がいますが、その両親にも親はいます。 そのまた親にも両親が・・・・というように、ご先祖様が連なっていき、先の先には、なんと神様の世界(領域)にまでたどり着きます・・・

でも ご先祖様や、縁ある方の中には、残念ながら、苦しんでいたり、悩みの中にいたり、恨みを抱いていたり、執着を手放せずにいる霊体の状態にいる方(つまり成仏されていないということ)や、地獄などで苦しまれている魂や、何千年も自らを罰している魂や、生まれることの出来なかった水子さんなどがおられるわけです・・・・・

そういう霊体や、不安定な心境の魂が多ければ多いほど、今生きている子孫である、あなたにも、何らかの影響を及ぼしていく可能性があります・・・・・

うちは、ちゃんとお寺さんに毎月供養してもらっているからとか、お経を毎日あげているから大丈夫って言われるかもしれませんが、そうではないんです。

亡くなった方のことは、お坊さんや神職・神父がやるものと思っているのでしょうが、残念ながら他人では、苦しまれているご先祖様に、伝わることはありません・・・・・

(家庭ごとの、各宗派などの通常の法事を否定しているわけではありません)  

なぜ伝わらないかですって??    はい 他人では 霊線が違うからなんです・・・・・・

では  どうすればいいか ですが  

家系の最先端である、生きている私たち子孫が、感謝の念(感謝の思いやり)を送ってあげること、見えない存在であるご先祖さまのための思いやりの行動をすることです。

思いを伝える場合、どんな言葉でもかまいませんが、お経や祝詞、聖書の一説などは避けて、普段使う言葉で感謝の心(あなたなりの気持ち)を伝えてください。

その際は、おじいちゃん、ひいおばあちゃんとか、お名前など、対象を限定されず、平たく、「ご先祖様」そして「ご縁ある諸霊の皆様」などという、ひとくくりにしてください。

水が上から下に自然と流れていくように、必要なところに、感謝の思いが届きます  限定されると、そこにしか流れません。

Photo_2   

目の前まで来ているものに手が届かないほど悔しいことはありません 見えない世界のことは、見えない世界の摂理に任せましょう。

ご先祖様の中には、成仏されておられない、水子(みずこ)さんも、たくさんおられます。

生きたくても生きられなかった  生まれることが出来なかった・・・・・・

お乳を吸うことすらできなかった・・・  食べたくても食べれなかった・・・・・  

このような霊体は、生きている私たちがうらやましくて仕方がないのです。

名前すら付くことがなかった霊体  生まれてすぐに亡くなった霊体・・・

この世に未練がありすぎて、成仏できない・・・・  こんなことは、何処の家系でも普通にあることです。 昭和あたりになって、ようやく、子供のうちに死ぬことが少なくなりましたが、江戸時代やそれ以前は、それが普通でした。

だから、今回の相談記事にあったように 冗談でも「死にたい」なんて、絶対に言っちゃダメなんです・・・・・・・・・

そんなことを平気で言っていたら、運気が落ちて当然のことです・・・・・

心にお預かりしている 神様がやせ細り、自分自身の細胞も、自殺を選び(ガンなど)、ご先祖様も応援することが出来ません・・・・・

成仏できない霊体が、家系の霊線にたくさんおられますと、詰まりが生じて、安定したご先祖様の加護も受けられないんです・・・・・

そういう家系の方には、精神的な病気などや、様々な臓器、器官の機能不全や不調

お子さんの、精神的発達など、さまざまな影響を及ぼす可能性が多いと思います。

でも、ご先祖様だって、子孫であるあなたを苦しめたいとは思っていません。

ですが、霊的世界にいる以上、頼れる(救える)のは、この世に生きている子孫である「あなたしかいない」からです・・・・・・・

イタズラや、悪いことのサインを送ったりして、気付いてくれるようにしているかもしれません。

そういう霊体も多数おられるんだと、意識して、感謝の気持ちを送ってあげると、応援してくれるようになります。

それでも、どんなにおかしなことが起ころうが、間違っても霊能者などに頼ってはいけません

「見えない世界を売り物にして、対価を得る」このことは、霊的世界においては、重罪です。  無料であってもダメです   近寄ってはいけない人間です。

逆に霊的垢にまみれます  

お金を払って、肥溜め(こえだめ)に浸かって喜んでいるのと同じです。 ┐(´д`)┌

二人兄弟で、兄が先祖供養してくれているから、自分は何もしなくても大丈夫と言われる方もおられるかもしれません。

確かに、兄弟ですと同じ家系の霊線です。  兄が先に先祖供養をしていたのなら、その分、家系の霊線に迷う霊は、数学的には少なくなっていきますが、兄も弟もそれぞれ別の宇宙を持っていて、兄の中のAという霊は成仏していても、弟の中のAという霊は成仏していない状態にあります。 1+1=2にならないのが あの世という世界です

「誰かが代表してやればよい」というわけにはいきません・・・・・・・

また  安定したご先祖様と言いましたが、安心境地(つまり感謝の気持ち)で亡くなられたご先祖様が、家系  今回の例では山田家の霊線、肉体をお借りしたお礼として、子孫を守ってくれているのです。

これが、守護霊さまです・・・・・・

正神は、人間に手を貸すことはできませんが、守護霊さまは、先祖とは言え、親の立場になりますから、そっと蔭からサポートすることを許されています。

神社仏閣でお願い事をして、その願いを叶えてくれるとしたら、それは神様ではなくて、守護霊さまであるご先祖様ということになります。

守護霊さまは、ほとんど感謝されることも無いのに、子孫の縁を結んだり、生まれる前の約束(自分が出した課題)を果たせるように、場面をせっせと設定してくれています。

子孫が間違いを犯そうとした時も、必死で止めてくれています。

なのに、努力もせず、効き目のありそうな神社仏閣を探して、イキナリ 「神様 、○○お願いします」では、守護霊さまをはじめ、ご先祖様たちはガッカリ・・・ 疲弊するばかりです・・・

先祖なんて知らんし、お世話なんて絶対イヤやけど、貰えるモンは欲しい  早よクレっ!!

困っている、自分に関係する存在を、助けもしないで、身勝手なおねだり(祈願)をしていては運気など上がりません、改善もしません。

あなたの善い行いという磁気日々の感謝の量が増えていけば、家系の霊線上におられる、苦しみ迷う霊も、次第に成仏されていきます。

そのうち、ご先祖様や、縁ある諸霊の方々のために行っていたことが、いつの間にか、自分に帰ってきていることに気が付くかもしれません・・・・・

それは、同じ霊線上に、自分もいるからです   そう  他者のためにやっていたことが、実は自分のためだったということです。  

まあ 死んだらわかります ( ̄+ ̄)

特に、独身とかで、自分の死後、だれもお世話をする人がいないような方は、生きているうちに、自分のためにも、たっぷりと善徳貯金をしておくことです。

この世のお金が、大事じゃないとは言いませんが、あの世で、善徳貯金が無いことは、この世の何倍も何百倍も、悲惨で恥ずかしく、辛いことになります・・・・・・・・・・

あなたは、毎日何気なく暮らしているのかもしれませんが、毎日 「因果」 を創っている最中です。  未来は何一つ決まっていません。  一日一日の積み重ね  あなた自身が創っていくものです。

よい因果・・・・・  日ごろの感謝と善徳貯金をすることです。

1507270022

第7章 自分の身体

自分の身体だから、文句は無いだろうと思われていた方もおられるかも知れません

でも  ここまでの話しで、自分の身体でさえ、借りているんだということがナントナクでも感じて頂けたでしょうか・・・

まだ、あまりピンと来ない方もおられるかもしれませんので、ちょっと違った見方をしてみたいと思います。

夏まつりも終わりましたが、お神輿(おみこし)を思い出してください。

飾りつけがされていないお神輿を、裸神輿(はだかみこし)と呼んでいますが、これには神様の神気を遷す、神遷し(かみうつし)がさてていない状態です。

1507110065

飾りつけがされているお神輿は、すでに神遷しがされて、神様が移乗されている状態です。

1507140108

それを人間に当てはめると・・・・・

まだ発育中の未熟な胎児の時が、裸神輿で、生まれる直前の赤ちゃんが、飾り付けられた、お神輿の状態となり、神様の神気が遷った、つまり神様をお預かりした私たちの姿ということになります。

人間は、生きていれば誰でも  もう既に神様と一緒 二人三脚なんです

赤子の頃は、無垢で、自我がほとんどありませんが、成長するにつれ、自我が芽生え、大人になるほど、「自分さえ良ければヨシ」 という感覚になります。

この自我(エゴ:われよし)が積み被さっていけばいくほど、心の神様を、岩戸に閉じ込めていきます・・・・・・

そうなると、悪いことでも、気にならなくなっていきます・・・・・・

あの世では、あれ程「今生こそはやり直す」と誓ってきたのに、今では逆恨みしている方も実は多いんです・・

自分の身体を大切にしない人は、無意識で、「復讐している」とも言えます・・・・・ヾ(.;.;゚Д゚)ノ

暴飲暴食、過度の飲酒、喫煙、薬物、自傷行為、自殺、暴走行為、危険行為など、自分の身体を危険にさらす行為・行動は、いくらでもあります。

もう一度言いますが、身体は借り物です  お借りできたことに感謝して、大事にキレイに大切に最後まで使わせていただいて、お返ししましょう。

その時が、お預かりしていた神様とお別れの時です。

生まれた時に預かっていた神様が、年をとっても、そのまま同じ神様という訳ではありません。

その人の、人なり・行動・善徳貯金の量によって、同質の神様に変わっていきます。

人によっては、どんどんグレードダウンしている場合もあれば、どんどん輝きを増していく人もいます。

赤子神(あかごかみ)を、翁神(おきなかみ)に 共に育て お返しするということも、生まれてくる目的の一つです。

1508050089

第8章 善徳を積むということ

善い行いといっても、 「何をすればいいかわからへん」 と言われる方もおられるかもしれません・・・

大それた事を、イキナリはじめからしようとしてもムリですし、続きません・・・・・

家で考えていても、ダメです  たとえ他人のために、祈っていたり、お経を上げていたとしても、善徳は積めません・・・・

自分の生活の中で、少しずつ視線を広げていけば、必ず見つかります。

自分の与えられた生活の中(舞台:ステージ)でということが重要です。 (人里離れた環境で、何千年山篭りしていても、ダメなんです)  

まず 懸命に生きること それは、自分も他人(自然や生き物、見えない存在)も大切にするということ

そして 見返りを求めない行動が大事です。

でも・・ それって、偽善じゃん  と言う人も、そう思う方もおられるかもしれませんが、それでも続けることです。  

キッカケは、モテタイとか、いいカッコしたかった  でも構いません。

続けていれば、そんなことは、どうでもよくなってきます。

そして   いずれ本物になっていきます。

先祖供養にしても、普段の言葉で「感謝の供養」を続けられているのならば、それは、ご先祖様に通じているという証拠です。

先祖を供養するという行為も、大きな善徳となります。

失敗しても、不恰好でも構いません  誰も認めてくれなくても、褒めてくれなくても

あなたの、心の神様、守護霊さま、ご先祖様はちゃんと知っています。

正直(真面目)に生きることは、カッコイイことです。

1507240122

第9章 自殺をすればどうなるか

今が辛くて、いっそ死んだ方が楽かもと思われている方も、以前そうだった方もおられるかも知れません

自殺したらどうなるかを、お話しておきたいと思います。

自殺した人が亡くなると、肉体から魂が離れ、正気に戻ります・・・・・

ほんの少し前は、自分と認識していた身体(肉体)が横たわり、ちょうど斜め上の上空から俯瞰(ふかん)しています・・・・・

最初は呆然としていますが、過去の記憶が走馬灯のように流れ、自我が崩壊していくにつれ、ことの重大さに気が付きます。

残された家族や、友人知人、楽しかった思い出、まだ小さかった頃のこと、母親のぬくもり・・・

そして 自分の中にお預かりしていた、神様を殺してしまったこと・・・・・・・

そして 生まれる前の約束も、思い出します・・・・・・・

何という浅はかなことを、してしまったのだろう・・・・・

戻れるものならば、時間を戻してください  夢ならば覚めてくれっ!!

いくら叫んでも  もう  どうすることも出来ません

そして、自分を裁く時がイヤでも来ます

自殺した魂は、一部が欠けています。

これは、人間の心の中心にある、神仏がおられた場所が壊れたからだと思います。

そして、魂自体が縛られ、鉛のように重く、自由度が無い、動けない状態となります。

その後  その魂は、霊的階層をどんどん下に沈んでいき・・・・・・・・・・・・・・・・・

時間の無い孤独な世界で、苦痛と苦悩と反省をすることになります

身体の無いあの世の世界では、この世の何百倍・何万倍と辛いことです・・・・・

「楽になりたい」「逃げたい」「終わらせたい」と思った、発作的な結果とはいえ

楽になるどころか、自殺の原因になった事柄の、何万倍の時間を、苦悩することになります・・・・・・・・

どんなに辛くても、生き切ることだったんだ  何と愚かなことをしてしまったのか・・・・

死んでお詫びをするとなど・・ 間違いだった 生きて償うべきだった・・・・・・

とんでもないことをしてしまった・・・・・・・・・・・・・・

神様お許しください・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

など     どれだけ後悔しても、後の祭りです・・・・・・・・・・・・

再度転生する可能性はありますが、まずは、魂(自分自身)が許す(納得する)かどうかです。

自分を裁き、反省し、許すことができたとしても、恐ろしく長い階段(霊的階層)を昇らなくてはならず、自殺した魂が、再び転生することは難しいようです・・・

自殺して、この世から逃げても、あの世では逃げ切ることは絶対に出来ません。

どんなに辛くても、惨めだと思ったとしても、自分がお預かりした神仏を守り、最後の最後まで、生き抜くことが大切なことです

私たちは、昇華できなかった課題を、何度も生まれ変わり、クリアしようとしています。

課題は生まれる前に、自分自身で計画して、努力すれば乗り越えられる、ギリギリに設定されています。(欲張って、困難な設定にしていることすらあります)

いざ生まれ変わると、そのことをキレイに忘れ、「自分だけがどうして」「自分は運が悪い」と、自分の外に問題があると勘違いしがちです・・・

誘惑に負けたり、道を踏み外したり、暴力などに耐えかねて

「もう死んでお詫びするしかない」 「もう死ぬしかない」 「もういいや」 と 発作的に自殺してしまうのかもしれません。

ですが、自殺さえしなければ、何とかなります。  

この世には、時間という、あの世にはないものが存在しているからです。

頑張って、頑張って、努力したけれど、我慢に我慢を重ねたけれど、もう心が折れそうだと言うのなら

仕事に殺されるようなら、辞めればいいです  学校に行って自殺するくらいなら、行かなくていいです。

ネコ三昧は、そう思います。

与えられた人生の意味を学び、苦しくても、明るく、正しく、努力して生き抜くことが出来たのならば、それだけでも、あの世では、成功者です

1505270053

第10章 まとめ

今回は、新聞の相談記事から、命とは、生きる意味ということについて考えてみました。

かなり重い内容でしたので、どうかなと思いましたが、たまにはいいっかと・・・・

神社仏閣で、長い時間お願い(祈願)している人をよく見かけます。

お願いすることが悪いことだとは言いませんが、もしその願い一つが叶ったのなら、終わりでしょうか

いえそんなことはないでしょう

一つ問題が解決(叶った)としても、次の問題が出てきます  そしてまた お願い・・・・・

それでは、いつまでたっても、キリがなく、幸福感も得られません・・・・・

松下電器、現在のパナソニックを妻と弟の三人から創業された、松下幸之助さんも同じことを言われていました。

1508080144

感謝の心が人生を豊かにする

人間はどんなに力んでみたところで自分一人では生きられないのです。 周りのすべての人、すべてのもののおかげで生きているわけですが、それをありがたいことだと思える人と、あたり前だと考える人がいる。 あたり前だと思う人は、その瞬間から荒涼殺伐(こうりょうさつばつ)とした争いのなかに身を投じることになるでしょう。 やはり物事に対して感謝することは必要だと思います。 私は誰の世話にもなっていない、だから頭を下げる必要はない、といった考え方は滅びの道に通じると思います。

松下幸之助 人生をひらく言葉   PHP研究所 より

最後に、もう2つの詩をご紹介したいと思います。

病気           藤本一宇 (中学三年)

この病気は

僕に何を教えてくれたのか

今ならわかる気がする

病気になったばかりの頃は

なぜ  どうして

それしか考えられなかった

自分のしてきたことを

   ふりかえりもしないで

けどこの病気が気づかせてくれた

僕に夢もくれた

絶対僕には

病気が必要だった

ありがとう

病気

この病気になって四ヵ月

いつになったら

退院できるのかなあ

でも この病気は神様が

くれたものだ

僕がこの病気に

ならなかったら

きっと

悪い心の持ち主だったろう

ありがとう神様

僕を救ってくれて

電池が切れるまで 子供病院からのメッセージ すずらんの会編 より

藤本一宇さん

私は入院中、病気に苦しむ子供たちを必死で看病する両親、暖かく、手厚い看病をしてくれた先生や看護師の方々、そして院内学級の先生方に出会いました。 先生方は、いつも明るく笑顔で接してくれました。 そのような幸せな環境の中で私は多くの夢をもらうことができました。 「小学校の先生になりたい」。 退院するころ、そう思うようになっていました。 いくつかの別れを経験しました。 「命」。 当時、毎日のように一緒に遊んでいた七人の友だちとの別れ。 会いたいと思っても、笑顔が見たいと思っても・・・・・・、もう、彼らに会うことはできないけれど、何もしてあげられないけれど、七人分、一生懸命生きようと誓いました。 それが今の自分の目標です。 平成十四年、私は小学校の先生になるための勉強をしています。 自分が何をしているか分からないときもあります。 でも、こども病院での出会いと別れを忘れずに生きていこうと思います。 病気を経験して、生かされて、生きるという言葉、本当にその通りだと思いました。

子供たちと共に より

藤本一宇(いちう)さんは、初め物が二重に見え、その後、動けなくなり、脳腫瘍と診断され

10時間以上に及ぶ摘出手術を乗り越え、院内学級に入られました。

当時最年長だった一宇さんは、手が足らなかった先生のかわりに、小学四年生の男の子に必死で算数を教え、「わかる」と笑顔で答えてくれたことが、涙が出るほどうれしかったそうです。

その体験から、小学校の先生になると決意されたのだと思います。

退院後、短大で小学校と、幼稚園教諭の免許を取得、さらに上を目指して、四年制大学に編入されたそうです。

現在は、どこかの小学校で、頑張っておられることでしょう。

1508110055

まとめ  でしたが  まとまりませんでした   が・・・

もう どうこう言う必要はなさそうですね・・・

て・・ ことで・・・・・  

このへんにしたいと思います。

一日一日を大切に 感謝して 生き切りましょう

文中の画像 水汲みと、シャンパンの2つはネット上からお借りしました

おしまい

    

2015年7月 7日 (火)

杭全神社 平野郷夏まつり2015

平成27年度平野郷夏まつりが、7月11日)・12日)・13日)・14日)の4日間にわたり開催されます。

1507070004 1507070045 1507070061 1507070063 

7月11日) 神輿川行神事  太鼓台・神輿足洗い

午前6時ごろに、太鼓台が、その年の地車宮入一番町(太鼓台当番町)に担がれて杭全神社を出発します。

その数時間後には、裸神輿(神様が乗られていない神輿)がその年の宮入二番町(神輿当番町)に担がれて樋之尻橋たもとの、祓い所まで巡行します。

「足洗い」と呼ばれているのは、その昔 まだ平野川が護岸整備されず河原があったころに、川で太鼓台・神輿を清めたことから、俗に「足洗い」と呼ばれるようになりました。

その後  神輿は夕方  太鼓台は午後7~8時に宮入します。

7月12日) 地車町内曳行・九町合同曳行南港通り) 午後9時45分ごろ

各町の地車は、それぞれの曳行コースを曳行して、午後9時45分ごろ、学芸大通りを南下し、野堂東西脇背戸口馬場の地車が南港通り西行き車線を東方向に左折します。

もう一方は、お渡り筋(栄通り)を南下し、泥堂野堂南野堂北の地車が、南港通り東行き車線を西方向に右折します。

南港通り両側車線を使用し、平野郷九町の地車が一同に勢揃いし位置に付いたあとは、鳴り物・提灯の灯を落として、合図を待ちます。

合図の後は、提灯に灯がともり、お囃子がこだまし、決められた範囲の中を、30分間一年に一度、力の限り曳行します。

そして  時間と共に、各町に戻っていきます。

1507070109

7月13日(月) 地車平野郷内・町内曳行・宮入 午後7時ごろ~

各町の地車は、それぞれの町の地車曳行コースを曳行後に、午後7時ごろより、国道25号線を通行止め(一時解除あり)にして、一番町より順番に 杭全神社 宮入が行われます。

大鳥居をくぐるまでに、何度も行ったり来たり・・・・  そして宮入です

20~30分おきに、九町の地車が宮入していきます。

逆に  曳出し(各町への帰還)は、翌14日の、午前1時ごろから

一番町・二番町の後は、抽選順となります。

1507070107

7月14日(火) 本宮 太鼓台巡行 神輿お渡渡御

宮入二番町による神輿渡御を行い、宮入一番町が、ふとん太鼓を担ぎ町内を巡行して、神輿渡御を知らせます。

かつては、大鳥居の御旅所(おたびしょ:奈良街道拡張により接収)にて行われていましたが、現在は三十歩神社(赤留比売命神社)の御旅所・全興寺・長寶寺での神事を経て、その夜、ふとん太鼓が宮入し、遷られ、夏まつりは終了します。

1507070049_2 1507070054_2

祭事期間中の交通規制 (通行止め

各町内地区での地車曳行中の迂回は除く

1. 大阪羽曳野線・東行き

  7月12日()  21:00~23:00

  7月13日(月)  17:30~21:30

2. 栄通り(宮入コース)

  7月13日(月)  17:00~23:00

3. 市場通り

  7月13日(月)  18:00~21:00

  ※ 地車の曳行中に限る 路線バスは除く

4. 国道25号線

  7月13日(月)  19:00~23:00

  ※ 通行禁止予定 路線バスは除く

  大変な混雑・渋滞が予想されます

  現場警察官の指示に従ってください

2015年1月 8日 (木)

デジタルカメラの進歩

2011年にスタートしたこのブログですが、実はその間にカメラが5台ほど変わっています・・・・

ほとんどが、何かしら壊れたからなんですが、それこそ耐久試験のような過酷な使い方をしてますんで、それも仕方ありませんワ・・・

現在のカメラは、2014年末に更新したものですが、技術の進歩には驚かされます

と 言うことで、今回の記事は、平野郷とはあまり関係がないお話です。

更新したカメラというのは、フジフィルムの FinePix S1というデジタルカメラで、コンパクトデジタルカメラ 通称コンデジというカテゴリーのカメラになります

こういうカメラを、フジだけは、登場時より、ネオ一眼とか呼んでるけど、定着してまへん

S1 S12

見た目は、エントリーモデルの一眼レフのような大きさですから、どこがコンパクトやねん?? と言いたくなる大きさですが、レンズ交換なしに、24mm~1200mm(35mm換算)/光学1~50倍をカバーすることができます。

おまけに防滴・防塵構造なので、多少濡れても、汚れても大丈夫というスグレモノ 

2014年2月末に発売された頃は、5万円ほどでしたが、モデル末期となり、本体が2万円台後半になったので、買い替えしました。

写りは、通常では一眼の方が、当然キレイなんでしょうが、1200mmなんていうのは、一眼の世界では、もし買えるとしたならば、ベンツのエエやつほどの金額が必要な上に、気軽に持ち運ぶなんてことすらできない大きさ・重さです・・・・・

それが、安い交換レンズ1本くらいの値段で手に入るんやから・・・・ 驚きです

それはさておき

まずは 期待の望遠の実力はと・・・・  やってみようヽ(´`)/ うわーい

テストの場所は、平野小学校前 国道25号線にかかる歩道橋上から天王寺方面に向けてと

まずは  広角端24mm

1412230146

そこから 望遠端光学50倍(35mm換算1200mm) と デジタルズーム2倍の100倍ズーム(35mm換算2400mm)で撮影すると

1412230150 1412230149

内環状線を右折待ちの車のナンバーがほぼ読めるっ・・・ (゚|||)

100倍はデジタルズームやから、解像度が落ちてるけど、それでもなんとかガンバッテはる・・・・  

三脚なしの手持ちでぇ!!

ここから、内環状の交差点まで600mもあるんやで・・・・

スパイ大作戦かっ・・・  古っ!! Σ( ̄lll)

12月の空気が澄んだ風のある日やから、はっきり写っとる・・・

そう、風のない日は、後続車の排気ガスの熱で、グニャグニャに写るんですワ

もういっちょう

大念佛寺側から、大念佛寺社会事業団の屋根の風力発電装置を

まずは、広角端24mm

1412230176

ここから 光学50倍と デジタル2倍の100倍の画像がこれっ

1412230177 1412230180

ボルトも、支持構造も結構見えるやんかっ!!(羽根グリグリまわっちょります)

んんん・・・・  おもろいっ・・・・・ ( ̄+ ̄)

一眼に300mmの交換レンズつけて、望遠端で撮影した画像を、パソコンで4倍とか8倍にして、トリミングすれば、だいたい同じようなサイズの絵にると思いますが、その画像は、おそらく、ルノワール(印象派)のような画像になるんとちゃいますかぁ・・・

恐るべしっ

1/2.3型CMOSという豆粒ほどのセンサーで、1640万画素なんで、暗いところや、早い動きは苦手ですが、明るいところなら一眼のサブ機になる位だと思います(ちょっとした趣味レベルなら)

元の画像は、8メガピクセル 3264×2448 でJPEG撮影して 1024×768に縮小しています(鮮鋭化・補正なし)

次っ 飛行機撮ってみよ ヘ(゚゚ヘ)うへへ

1501010045 1412260037

ANA B777 JA8967 と JAL B777 JA010D

B777は大きい機体やから、楽や

1501020099 1412270052

ANA B787-8 JA816A と ANA B737-500

B787は、バッテリー問題があった、最新鋭機 機首に787のロゴがカッコイイ

801A~834Aの内 824Aまでが787のロゴ付き 801A・802Aは特別塗装ですワ

ちなみに JALのB787は、伊丹には来ないんで画像なしです(国内線には未使用)

B737-500は、機体番号が読めへん

エンジンカウルには、イルカの絵が  これは エアニッポン所属のころの名残で、その時に付いた愛称がスーパードルフィンやからです

全日空の子会社でしたが、吸収合併されてます

1412250041 1412260028

ジェイエア エンブラエル ERJ-170-100 JA211J と 

アイベックスエアラインズ(IBEX) ボンバルディア CRJ200ER JA06RJ

エンブラエルは、ブラジルのメーカーで、ボンバルディアは、カナダのメーカー

IBEXは、会計ソフトの(株)日本デジタル研究所が親会社で、会計ソフトの名前も「JDL IBEX」ですねぇ

全日空のコードシェア便(共同運航便)なんで機首にANA Connectionと書かれてます

CRJ200ERは2機保有ですが、16年以降に退役予定で、CRJ700NGに変わる?ようです (CRJ700NGは6機保有)

14122500931501020095

ANA ボンバルディア DHC-8-Q400 機体番号読めず

日本エアコミューター DHC-8-Q400 JA-841C

これは 2007年 高知空港で胴体着陸して有名になった機体と同型機

(事故機は400 Qは低騒音型)

事故を起こしたのは、ANA DHC-8-400 JA849A

Photo

画像はネット上からお借りしました

2007年3月13日 高知竜馬空港において、着陸態勢に入るも前輪が出ず、手動装置でも同様に出ず、タッチアンドゴ-を繰り返すことによる振動を加えるも、それでも出ず・・・

大型機とは違い、燃料投棄装置がないため、空港上空を2時間あまり旋回、その後胴体着陸を試み、見事成功  機首部分からの火花は出るものの、火災には至らず、乗員乗客60名は、けが人なし 

その後の調査で判明したことは、製造過程で、ボルトを入れ忘れていたことによるミスという可能性が高いと発表

それ以前にも、この機種  数々の問題・事故を起こしていたんです・・・・

ホント信頼性の低い機体 ┐( ̄ ̄)┌ フゥゥ~

その後、この機体は修理され、しばらくは運行乗務員の訓練機として使用された後、2008年1月1日より、再び同じ営業路線に復帰させると発表すると、高知県知事がクレーム・・・  全日空はこの計画を撤回せざるを得なくなり、6月に、DHC-8-400を新たに3機発注する代わりに、事故機をボンバルディアに売却する形で登録抹消

現在この機体は、修理改修後 2012年より モンゴル エズニス航空 JU-9919として運行されています

Eznis

画像はネット上からお借りしました

こういう事故を起こした飛行機には、乗りたがらないですもんねぇ・・・

特に日本人は・・ 欧米人やったら、落ちなかった ラッキーな機体とか思えるんでしょうか・・

あれ  いつの間にか、飛行機の記事になってるやん・・・・

そう 今回はデジカメのお話でした・・・

今回の飛行機の画像はどこで撮ったかって

それは ここから  そう杭全公園  !!(゚゚屮)屮

1412230066a

赤丸印が B777  ボンバルデイアやエンブラエルなんかは、まさに豆粒っ!!

ここから 普通に手持ちで撮って、機体番号がほとんど読めるんやから、恐ろしい望遠 そして解像度

マクロ(接写)も広角域・中域も、エッジの効いた、ややカリカリな画像

今までの、フジのカメラは、もっさりした画像やったのに、カリカリ系のキャノンのSXシリーズが、よう売れたんで、さすがに方向転換したんやと思います

キャノンはええけど、2年たっても高いもんなぁ  その点 フジは値下がり早いからエエわ  この画質と、値段やったらお買い得や

おしまい

 

2015年1月 3日 (土)

2015年 杭全神社 注連縄上げ

2015年1月3日 杭全神社において、注連縄上げが行われました

今年の年番町は、流町 

国道25号線を何度も行ったり来たりして、ようやく大鳥居を入ってきました

1501030040 1501030054 1501030056 1501030062

屋台で狭くなった参道を、ゆっくり進んでいきます

1501030090 1501030092

ようやく標柱(しめばしら)を入ってきました

1501030109_2 1501030111_2

注連縄が取り外され、奉納に向かいます

1501030126 1501030128

無事 奉納されました

次に 赤留比売命神社あかるひめのみことじんじゃ)にも注連縄を奉納に向かいます

1501030148 1501030150

注連縄を前に付け替えるんやけど  まあええか・・・

だんじりの後には、人 人  人・・・人

1501030151 1501030152

大賑わいや・・・

おしまい

2015年1月 1日 (木)

2015年 元旦の杭全神社

明けましておめでとう御座います  

 本年もよろしくお願いいたします

今年のお正月は、三が日は寒いという予報通り 冷えます・・・・・

1501010009_3 1501010053 1501010058 1501010062

それでも 今年の初詣元日の出足は、まあまあのようです

1501010065 1501010066

楠さんの前では、なにやら白いモノが・・・・・・・

え??

1501010113_2

くまたん??  なった??・・・

ちゃいます   郵便局のマスコットのようで、年賀状の販売に来てるんですワ

結構客寄せになってるようです

1501010114

さて  公園はゴミだらけ  今年も遊具にガラス瓶を投げて、7~8本割ってます・・・

何で割るかって??  

新年カウントダウンで割ってるようです・・・ ヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ

子供が来る前に、片付けんとアブナイですワ

1501010020_2 1501010027 1501010032 1501010034

何でか  今年はやたらと空き缶がいたるところに散乱しとる・・・

一通り片付けるだけで、2時間はかかったがな・・・・・ ιДυ)

まだまだゴミがぁ・・・・

アカン  風が強くて何もでけん・・・・  朝からおるから、もう冷えたっ!!

2時半に撤収

1501010163 1501010164

この時間でも、25号線に車ようけ停めてる・・・  ようやるワ

おしまい

2014年12月31日 (水)

2014年 大晦日の杭全神社

2014年もあっという間に終わろうとしています・・・

杭全神社参道では、30日から、出店の準備が行われていますが・・・

今年の大晦日の夜には、少し雨が降るようです

1412310002_2 1412310003_2 1412310016 1412310055 1412310056 1412310057

日付が変わると、エライ人が来ますワ

エライっちゅうても 偉人とちゃいまっせ  ぎょうさんの人ちゅうことですワ

3日はだんじりに注連縄上げが行われ、だんじりに飾られた注連縄が入ってきます

2015年の年番町は 流町 です

杭全神社大鳥居の注連縄を奉納した次に、赤留比売命神社(あかるひめのみことじんじゃ)に奉納に向かいます

1412310116 1412310121

おしまい

2014年12月22日 (月)

平野郷の道標1 その後のその後・・ そして

宮前東の角に建つ、道標(みちしるべ)が折られてから1ヶ月が経過し、ようやく修復がされました。

ずぅ~っと道に転がってたんで、2014年内は  むぅりぃいいいぃ と思っていましたが、何とか年内に間に合いました。

1412180071 1412180074 1412180075 1412180076

かなり欠けてるけど、バラバラに割れんでよかったです・・・・・・

折れて倒れたときに欠けたんでしょう・・・

1412180077

真新しい傷あとっ (ノд)

ここを右折して、曲がりきれんで  ゴンっ!!

1412180078 1412180081

もう 当てんといてやぁ  画像は2014年12月18日時点のものだす

おしまい

 

2014年11月25日 (火)

平野警察署の移転

長いこと この地にあった、平野警察署も、ようやく移転になりそうです

現在の平野警察署は老朽化(耐震不足)と、手狭になってたんやと思いますが、同じ場所では、狭すぎるんですワ・・・・・

何回か行ったこと ありますけど、階段も、「暗くて狭くて急っ!」で、署員は多いのに狭いっ!! (ひぇ~ 逮捕されたわけではないデス)

平野区は、全刑法犯で中央区・北区に次いで犯罪多いんやから、平野北署とかで、建物小さくして残せたらええんやけど、財政状態が悪いさかい、土地を売ってもうて、マンションとかになるんやと思いますワ

1411050073 1411050074 1411050075 1411050078

入り口は階段で上がって、1.5階の位置にあるし、バリアフリーに全然なってまへん   

昔の建モンは、大なり小なり、こんな感じやけど、昔は、水害で水に浸かる恐れがあったさかい、こないな構造になったんでしょう・・・・

昔は、台風で大和川も、平野川も溢れて、水溜まってたからねぇ・・・

はい  そんでこれが、現在の移転予定地の様子

1411130126 1411130129

場所的には、喜連西になりますが、瓜破と言ってしまいそうな所ですワ

喜連西のスーパー「ライフ」さんの隣と、平野消防署喜連出張所の間やね

元は、大阪市東南環境事業センターの分所やった場所ですワ

ライフの場所も、ちょっと前は、帝産観光バスの出張所やったしなぁ しみじみ

1410300138 1411130146

鉄骨鉄筋コンクリート造 地上5階 延べ7705平方メートルやそうです

工事完了時期が、平成28年3月18日 になってます

本庁舎・車庫棟3棟・付属棟・署長公舎で、総事業費はどんなもんでしょ??

駐輪場や、植栽など外回り全般や、産廃処理も入れたら、25億~30億円くらいでしょうか・・・? (土地代は別として)

ようわからんけど ( ̄Д;;

地下鉄が通る前は、この辺りは、それこそ田んぼや畑、空き地ばっかりやったと思います

雨が降ったら、泥んこで、嫌やったぁ・・・・・ さらに しみじみ

1411130149

移転はもうちょっと先やけど、振り返ると、あっという間ですワ

おしまい

2014年11月17日 (月)

平野郷の道標1 その後のその後

以前平野郷の道標1でご紹介した、宮前東交差点にある道標が、2013年4月の自動車事故で、ポッキリと折られて、その後の記事でもご紹介したように、何とか修復しましたが

またしても・・・・・・

折られてしまいました・・・・・・・・・・ (゚|||)

現在、その場に、無残に横たわっていますワ・・・・・

1411140067 1411140069 1411140071 1411140072

かなりのスピードで、当たったんやと思います

根元のアンカーも、ひん曲がって抜けてるやん・・・・・・ Σ( ̄lll)

1411140073 1411140074 1411140075 1411140104

前に割れた所も、粉々に割れて、上に置かれてるしぃ・・・

え?  横のコンビニの袋は何って??

はい  中身は  これ  破片  ですワ・・・  (||liω) バラバラっ

1411140105

車の方も、相当大破してるハズやろうけど、また修復するんやろか・・・・

二度あることは三度あるって言うからなぁ・・・・・

えらいこっちゃ

そやけど  このまま人知れず撤去(廃棄)されたら、それこそえらいこっちゃ

それにしても、コレ  どこの管轄なんやろ???

1411140101 1411140109

おしまい

«平野郷環濠草刈・清掃のご案内 2014(開催済み)