最近は、ワンちゃん・ニャンちゃんと家族同然に暮らされている方も多いと思いますが、大抵の場合は、人間よりも先に、動物の方が亡くなっていきます・・・
お寺で動物供養をされる方は少ないかもしれませんが、そのことについてお話したいと思います。
このシリーズは、平野郷とは直接関係はないシリーズですが、お寺も多い平野郷ということで・・ 進めていきますネ・・・・ (え? 無理やりって?)
人間も、動物も生まれた瞬間から、老いという宿命からは逃れることはできません。
やがて病に罹り、機能が衰え、記憶が薄れ・・・ でも それが正常なことなのです。
ただ、動物たちは、人間よりも早いスピードで歳をとっていくだけで、同じです。
人それぞれに、考え方や感じ方がありますので、何が正解というものはありませんが、ネコ三昧的には、今の自分ができることをしてあげれば、後は自然に任せる・・ お任せするのがよいように思います。
簡単な言い方ですと、その方なりに、やれることはやったと思えればそれでよいように思います。
逆の言い方をしますと、「何故あの時こうしてあげられなかったのか」「もっと何か出来たのでは」「私のせいで・・・」という想いを残さなければいいと感じます。
悲しいことですが、明るく見送ってあげることが一番大切なことだと思います。
自分の不注意で死なせてしまったとしても、どんなに泣いたり、どれほど後悔しても、戻ってはきません・・・
やれることをしなかった、やれなかったという後悔の念や、悲しい気持ちがあまりにも強いと、動物たちの魂は、いつまでも本来還るべき魂の世界に還ることができません・・・
「お母さん/お父さんはもう大丈夫だから」「痛い思いをさせてゴメンね・・ またいつでも会えるから、また遊ぼうね」と明るく送り出してあげてください。
言葉で、「忘れてあげましょう」というのは、冷たく聞こえるかもしれませんが、「安心させてあげましょう」と言うことなのです。
亡くなった後に、「どうして私を置いて先に・・・」とか「お母さんを見守ってね」などと悲しんでいると、ワンちゃん・ニャンちゃんは素直ですから、私が守らなければと、死んでもなお、守ろうとしてしまいます・・・・・・
でも それではいけないのです・・・ 魂それぞれに還る場所があるのです・・・
この世にあえて残る選択をする つまり 成仏できないということだからです・・・ (彼らの学びを、中断(妨害)することになります)
(幸い 動物は、人間と違って余計な汚れである「我」(垢)が無いので、転生は早いようです)
忘れましょうと言ったのは、記憶から消し去りましょうということではなく、気持ちの整理をつけて、明るく送り出してあげましょうということなのです。
死んでしまったということは、身体が無くなったというだけです・・・
形態が変化しただけで、魂自体に変化はありません・・・
人間だって同じです・・・ 順番と言いますか、サイクルの一つなのです。
亡くなった後も、生前と同じようにしていると、中には死んだということが理解できずに、魂が留まることがありますから、7日ほど過ぎれば、整理して、後は節目節目に、好物などをお供えされたらよいと思います。
悲しみや罪悪感が消えないうちは、写真などもしまっておいた方がよいですね。
(明るく見れるようになれば、飾っていても問題ないです)
その方 それぞれのやり方で、亡くなった魂を、安心させてあげることが何より大切なのです。
「あなたが居なくなって、さみしいけれど、あなたの分までがんばるよ!」という姿を見せることが大切なのです。
後は、感謝をすることだと思います。
ワンちゃんやニャンちゃんに対して、こちらが一方的に世話をしていただけでは無いでしょう?
色々な気付きや、愛情・癒しをもらっていたはずです・・・
出会えたことや、今まで生きて(暮らして)これたことなど「今までありがとうと 感謝する気持ち」と、「どこそこへ一緒に行ったとき、転んでひっくり返ったよネ」などと 「思い出してあげること」 これが供養の本質です。
お骨のあるなし、お墓のあるなし、お経や、戒名やお供え物などは、ほとんど関係の無いことです。
縁者による感謝の思いと、思い出してあげること これが最高のことなんです。
(人間の場合も同じことです・・・)
何となくでも、伝われば幸いです。
ちょっと前のお話ですが、公園にたまに散歩にくるワンコで、「ポニー」ちゃんというおばあちゃん犬がいました。
当時で12歳くらい、脚も弱り、目もかすんでいるようでした・・
実は、飼い主さんは、二人目で、以前、飼われていた家では、あまりに鳴き叫ぶために、最悪処分されるということとなり、かわいそうで引き取られていたのです。(事情は、後から、わかりました)
何故か?子供に対しては、極度に怖がっていました・・・・・
それほど親密な付き合いをしていたワンコではありませんでしたが、ある時、彼女のイメージが流れ込んできたのです・・・ と言うか教えてくれました。
そんなことは、後にも先にも1度きりですが、言語ではなく、彼女の記憶であり、その時の感情・風景などのイメージでした・・・
それによると、以前のお家には、男の子がいて、学校のストレスからか、受験のストレスからか? ポニーちゃんを、理不尽に、叩いていたようなのです・・・
ポニーちゃんは、何故叩かれるのか理解できません・・・
「いい子にするから 叩かないでっ!!」 何度も叫びました・・・・
怖くて、辛くて 鳴き続けました・・・・
親は子供が何かしているということも知らず、やがて、ただ吠えるバカ犬とされてしまいました・・・・
でもそんな時に、引き取られ、仲間のワンコにも大事にされて、今は幸せだという思いも伝わってきました・・・
泣いちゃいました・・・ 飼い主さんがそばにいるので、隠れてですけど・・ グスッ・・・(/□≦、)
彼女の感情の追体験といいますか、魂が泣いたのかなぁ?・・・
「辛かったね もう大丈夫だよ」といっぱ いいい子いい子 してあげました。
ポニーちゃん本人 2年ほど前に亡くなりました
「ありがとう ポニーちゃん また遊ぼうねっ!!
」
このお話をしたのは、それほど動物は、まっすぐで、純粋で繊細だということをお伝えしたかったからです。
そんなことは、脳が創りだした創作にすぎないと言われるかもしれませんが、すばらしい体験をさせてもらったと思っています。
ただ、私も体験しぃたぁいぃ~と、スピリチュアルを追求することだけは止めたほうがよいです。
スピリチュアル追求も含め、「垢」が増えれば増えるほど、逆に観えなく・聞こえなくなりますから・・・
コップの水に、墨汁を入れてから飲む人はいないモンね・・・
最後に
生きているというのは、実は、当たり前ではありません・・・
亡くなったワンコや、ニャンコはそれを私たちに教えてくれているように思います。
また、重い記事やった??
平野郷ブログなのに、何これ? (゚0゚) ということになるさかい・・・
次回は平野郷の記事にしよっと・・・ ヽ(´▽`)/
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