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2011年9月25日 (日)

妙見さん 平野郷 本隆山本妙寺の鳥居

お寺には、普通鳥居はありませんが、ここ 本門法華宗 本妙寺の妙見堂には、鳥居が残されてあります。

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山号を本隆山受信院と号し、天文二十年(1551)に創建されましたが、後天和元年(1681)焼失後、元文元年~五年(1736~1740)に再建されました。

御本尊は首題宝塔釈迦多宝仏だそうです。

山門をくぐると、すぐ左に、妙見堂があり、鳥居があります。

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お年寄などには、本妙寺さんと言うより、妙見さんと言ったほうが通じるくらいです・・・

妙見さんというのは、仏教思想では、妙見菩薩のことで、北極星・北斗七星を神格化したものです。

慶応四年三月十三日~明治元年十月十八日 (1868年4月5日~1868年12月1日)までに、明治政府より出された、神仏分離令(神仏判然令)で神仏の習合を禁止し、仏と神、仏教と神道、寺院と神社を区別する全国的な布告で、あるところは、寺院に、あるところは神社にとなりました・・・

妙見さんを本尊としてお祀りしていて、神社となったところなどは、妙見社などとなり、祭神として天之御中主神とされているようですし、神社となったところは、仏塔や、仏像、仏具、鐘楼などが撤去されました・・・

寺院でも鳥居や神道系のものは撤去されました・・

でもここは、残っていましたね・・・

鳥居には、明和七年庚寅年四月と刻まれてあります。

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明和七年は1770年ですから、神仏分離の百年近く前の奉納されたことになりますね・・・

大部分の寺社仏閣は、区別されましたが、一部では、このように残されたものもあったようです・・

これはあくまで推測ですが、たとえお上の命令だとしても、当時神仏分離を良しとしない、考えがあったのではないでしょうか・・・

今まで、信仰として、千年からそうしてきたものを、明日から、白黒分けろと言われたわけですからね・・・ 

内心は、何を言うとんねん o(`ω´*)oプンスカプンスカ って感じだったんでしょう・・

その頃は今とは違って、お上の力は絶大でしたから、大変なことだったと想像できます・・・

でも、鳥居は結界として、神道だけのものではないという考えから、四天王寺さんや、一部寺院にはあるようですから、鳥居はギリ セーフだったんでしょうかね??

まあ。。。いずれにせよ、少数派であることには違いありません・・・

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山門と妙見堂

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昭和五十六年(1981)に再建新築された本堂と、その後ろには、その後の 平野郷高さ制限のきっかけとなった、マンション

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全国的には、一部の過激な神道家などが、この機に、仏像などを、潰してしまえと、民衆をあおったり、破壊行為を先導したり、打ちこわしや、暴動に近いものもあったようです・・・